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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)5699号 判決 1972年2月15日

原告

相互信用金庫

右代表者

高橋昌司

右訴訟代理人

浅井稔

右訴訟復代理人

西垣剛

被告

尾上利男

田村郁三

右訴訟代理人

冬柴鉄三

被告

樽美弘文

主文

被告等は各自原告に対し金七八九、四九一円およびこれに対する昭和四三年一〇月二五日より完済まで年六分の金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は原告において被告等に対し各金一五〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、(被告尾上に対する請求原因)

(一)、原告は昭和三八年一一月三〇日訴外尾上金属株式会社(以下訴外会社という)と手形割引等の継続的取引契約を締結し、その際被告尾上は訴外会社が原告に対して負担する手形債務につき連帯保証をした。

(二)、訴外会社は別紙手形目録記載の約束手形四通を拒絶証書の作成義務を免除して原告に裏書譲渡し、原告は右手形所持人として各満期日に支払のため支払場所に呈示したが拒絶された。

そして訴外会社は(4)の手形金の内金二八五、五〇九円を原告に弁済した。

(三)、よつて被告尾上に対し(1)(2)(3)の各手形金と(4)の手形残金一一四、四九一円との合計金七八九、四九一円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年一〇月二五日より完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、(被告田村、同樽美に対する請求原因)

(一)、原告は昭和三八年一一月三〇日訴外会社と手形割引等の継続的取引契約を締結した。右契約において訴外会社の依頼により原告が割引いた手形が満期に支払われなかつた場合、訴外会社はその手形を買戻すものと定めた。なお手形割引依頼人はその手形が不渡になつた場合これを買戻す商慣習があり、訴外会社は右商慣習による意思で右取引契約を締結したものである。

(二)、被告田村は昭和三八年一一月三〇日、被告樽美は昭和四〇年二月一〇日訴外会社が右取引契約に基づき原告に対して負担する債務につき連帯保証をした。

(三)、原告は訴外会社の依頼により昭和四〇年九月三〇日別紙目録(1)(2)の約束手形を、同年一二月六日(3)(4)の約束手形を割引き、訴外会社から拒絶証書の作成義務を免除のうえその裏書を受けた。

そして原告は(1)ないし(4)の手形所持人として各満期日に支払のため支払場所に呈示したが拒絶され、直ちに訴外会社に右手形の買戻を求めた。

なお原告は訴外会社から(4)の手形金の内金二八五、五〇九円の支払を受けた。

(四)、よつて被告田村、同樽美に対し(1)(2)(3)の各手形金と(4)の手形残金とに相当する買戻金七八九、四九一円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年一〇月二五日より完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、(被告田村、同樽美の答弁に対する主張)

(一)、被告田村の答弁第二項(一)の事実は否認する。

同(二)の事実中、保証契約上保証の極度額も期間も定められていなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)、被告田村の答弁第三項(一)は争う。原告は信用金庫法に基づいて設立された非営利法人であり、手形割引依頼人に対する買戻請求権の消滅時効期間は一〇年である。なお連帯保証人である被告田村、同樽美に対し本訴を提起したことにより訴外会社に対する買戻請求権の消滅時効は中断している。

(三)、被告田村の答弁第三項(二)および第四項の事実中(1)ないし(4)の各手形振出人に対する手形金債権につき消滅時効の期間が経過したことは認めるが、その余の事実は争う。

原告と訴外会社との前記取引契約においては割引手形につき消滅時効が完成しても訴外会社はこれを買戻すものと定めており、しかも右手形振出人はその手形不渡当時すでに無資力であつたから消滅時効が完成してもこれによつて訴外会社が格別不利益を蒙つたわけでもない。したがつて原告の訴外会社に対する買戻請求が権利の濫用であるとする理由はない。

さらに(1)ないし(4)の手形金債権は買戻請求権の担保ではない。仮に右手形金債権が買戻請求権の担保に類似するものであるとしても、それは右のように当初から無価値であつたばかりでなく、原告と被告等の間の保証契約においては原告が担保物を担保設定者に返還しても保証人は異議をのべない旨定めているから、被告田村、同樽美が民法第五〇四条の規定により保証責任を免れることはできない。

被告尾上は口頭弁論期日に出頭せず、かつ、答弁書その他の準備書面をも提出しない。

被告田村訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因第二項(一)の事実中、原告がその主張の日に訴外会社と手形割引等の継続的取引契約を結んだことは認めるが、その余の事実は否認する。

同(二)の事実は認める。

同(三)の事実は知らない。

二、被告田村の保証義務は昭和四〇年二月一〇日消滅した。すなわち

(一)、訴外会社は昭和四〇年二月一〇日原告に対する一切の債務を弁済し、原告との合意により、請求原因第二項(一)の取引契約を解約した。したがつて被告田村の保証義務も同日を以て終了した。

(二)、仮に右取引契約が解約されなかつたとすれば、被告田村と原告の保証契約においては保証の極度額も期間も定められていなかつたので、被告田村は昭和四〇年二月一〇日原告に対し右保証契約を将来に向い解除する旨の意思表示をした。これにより被告田村の保証義務は同日消滅した。

三、仮に訴外会社が取引契約に基づき割引手形の買戻義務を負つたとしても、原告は次の理由により訴外会社に対し(1)ないし(4)の手形買戻金を請求することはできないから、保証人に対してもその請求をすることができない。

(一)、手形買戻請求権の消滅時効の期間は手形所持人の裏書人に対する遡及権のそれと同じく一年と解すべきである。したがつて(1)ないし(4)の各手形買戻請求権は各満期の日より一年を経過したことによつて時効にかかり消滅したから、被告田村は保証人としてこれを援用する。

(二)、手形買戻請求権者は買戻義務者のためにその手形金債権を保存する義務がある。ところが、原告は(1)ないし(4)の各手形振出人に対する手形金の請求手続を怠り、そのため右手形金債権について消滅時効が完成し、手形はいずれも無価値となつた。したがつて原告が訴外会社に対し右手形の買戻請求をするのは権利の濫用であつて許されない。

なお手形の割引に当りその依頼者において手形金債権につき消滅時効が完成しても手形の買戻をする旨約したとしても、その約定は時効の利益を予め放棄するものであるか、又はその放棄を禁止する民法第一四六条の規定を潜脱するものであるから効力がない。

四、仮に訴外会社が(1)ないし(4)の手形買戻債務を負い、被告田村がその保証債務を負つたとすれば、被告田村は原告に対してその弁済をしたとき当然原告に代位することになるが、原告は買戻請求権の担保である(1)ないし(4)の手形金債権を前記のとおり喪失させ、被告田村は右代位弁済をしてもその償還を受けることができないことになつたから、民法第五〇四条の規定により保証の責任を免れた。被告樽美は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因第二項の事実中、訴外会社が原告から手形の割引を受けるにつき被告樽美が連帯保証をしたことは認めるが、その余の事実は知らない。

二、被告田村の答弁第三、四項と同じ主張をする。

立証<略>

理由

一、被告尾上は民事訴訟法第一四〇条第三項により請求原因第一項の事実を自白したものとみなされる。

そうすると原告の被告尾上に対する請求は正当である。

二、被告田村、同樽美に対する請求について判断する。

(一)、原告が昭和三八年一一月三〇日訴外会社と手形割引等の継続的取引契約を締結したことは被告田村との間では争がなく、被告樽美との間では証人綿井尚敏の第一回証言および右証言により真正に成立したと認める甲第一号証の一によりこれを肯認することができる。

ところで、<証拠>(約定書)の約款、殊に「私が依頼した割引手形の支払人その他の手形関係人に支払停止又はその停止の虞があると貴金庫に於て認められるものを生じたときは支払期日前と雖も其の呈示を要せず貴金庫の御請求あり次第私に於て買戻す」旨の条項の記載と証人綿井尚敏の第二回証言とを考えあわせると、右取引契約において、訴外会社が原告から割引を受けた手形が満期に支払を拒絶されたときは勿論、満期前においても支払人その他の手形関係人に支払停止又はそのおそれがあると原告が認めたときは、原告において訴外会社に対しその買戻を求めうべく、その場合訴外会社は原告に対して直ちに手形記載の金額を支払うべきことを約したことが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。

そして<証拠>によれば、請求原因第二項(三)の事実および原告は(1)ないし(4)の各約束手形が支払を拒絶されるや直ちに訴外会社に対しその買戻を求めたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。そうすると訴外会社は原告に対し(1)ないし(3)の各手形金および(4)の手形残金と同額の金七八九、四九一円を支払うべき義務を負うことになる。

(二)被告田村が昭和三八年一一月三〇日訴外会社において前記取引契約に基づき原告に対して負担する債務につき連帯保証をしたことは同被告との間では争がない。

被告田村は原告と訴外会社との前記取引契約は昭和四〇年二月一〇日合意解約されたと主張するが、これを認めるに足る証拠は全くない。

さらに被告田村は昭和四〇年二月一〇日原告との保証契約を解約した旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠もない。もつとも、<証拠>によると、訴外会社は前記取引契約に基づく原告との取引を当初その本店営業部でしていたが、訴外会社の住所を移転したことに伴い昭和三九年一〇月頃より原告の天六支店でするようになり、その取引額が次第に増加したため原告より保証人を追加するよう要求され、昭和四〇年二月頃訴外会社は当初の取引約定書と同一の約款を記載した新たに約定書の保証人欄に被告樽美の捺印を受けたうえ、被告田村にも捺印方を求めたところ、被告田村は訴外会社の右要請を断つたことが窺えるけれども、被告田村が自らあるいは訴外会社等を介して原告に対し保証契約を解約する旨の意思を表示したことを認めるに足る証拠はない。

そして<証拠>によれば、被告樽美は昭和四〇年二月頃原告との間で訴外会社が前記取引契約に基づき原告に対して負担する債務につき訴外会社と連帯して支払に任ずる旨の保証契約を締結したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

(三)、ところで被告等は原告の訴外会社に対する前記買戻請求権は時効により消滅したと主張するから、検討する。

買戻金の支払請求権は手形行為の原因である手形割引契約の附随的特約に基づき発生した手形外の権利であつて、手形上の権利ではない。そして訴外会社は株式会社であるから商人であり、したがつて訴外会社が原告と締結した前記手形割引の継続的取引契約は訴外会社の営業のためにしたものと推定され、原告の訴外会社に対する前記買戻金七八九、四九一円の支払請求権は商行為に因り生じたものというべきであり、その消滅時効の期間は五年である。そして(1)ないし(4)の手形が支払を拒絶された日は昭和四一年一月七日以後であり(それより前に右手形振出人、裏書人に支払停止等原告において訴外会社に対し買戻を求めうる事由が生じていたことを認むべき証拠はない)、したがつて昭和四六年一月七日を経過するまでは買戻金の支払請求権の消滅時効は完成しないものというべきところ、原告が連帯保証人たる被告田村同樽美に対し右買戻金の支払を請求する旨の昭和四五年一〇月一九日付準備書面(訴変更の書面)を同年一〇月二〇日当裁判所に提出したことは記録上明らかであるから、これにより主債務者たる訴外会社に対する買戻金の支払請求権の消滅時効も中断したことになる。したがつて被告等の右主張は理由がない。

(四)、次に被告等は原告の訴外会社に対する買戻請求権の行使は権利の濫用であると主張するから、検討する。

(1)ないし(4)の手形が満期に支払を拒絶されるや直ちに原告が訴外会社にその買戻を求めたことは前叙のとおりであつて、訴外会社は原告に対して買戻金を支払うべき義務を負い、同時に原告も右手形を訴外会社に移転すべき義務を負つたわけである。ところで原告の右手形振出人に対する手形上の権利につき消滅時効期間が経過したことは当事者間に争がないが、前顕甲第一号証の一によると、原告と訴外会社間の前記手形割引等の取引契約では手形上の主債務者が債務が時効により消滅した場合においても訴外会社はその割引手形の買戻金を支払うべき旨定めていたことが認められるから、(1)ないし(4)の手形につき前記消滅時効が完成しても、それによつて当然に訴外会社が買戻金の支払義務を免れるものではない。被告等は右約定は時効の利益を予め抛棄することを禁止する民法第一四六条の規定に照らし効力がない旨主張するけれども、訴外会社が負担する債務は手形外の買戻金支払義務であつて、その義務は手形上の主債務者の債務につき消滅時効が完成しても履行されるべき旨手形割引当事者間において定めることが時効の利益の抛棄に当るものでないことは明らかであり、他に右約定が無効であると解すべき特段の事由も認められない。そして原告が右割引手形につき時効中断の措置をとらず、そのため振出人に対する手形上の請求権につき消滅時効が完成したからといつて、直ちに原告の訴外会社に対する右買戻金の支払請求が権利の濫用になるとは解しがたい。したがつて右主張は採用しない。

(五)、さらに被告等は原告が買戻請求権の担保である(1)ないし(4)の手形金債権を喪失させたから民法第五〇四条の規定により保証責任を免れたと主張する。しかし手形金債権が買戻金支払請求権の担保であるとは解しがたいから右主張は採用の限りでない。

(六)、そうすると被告田村、同樽美は各自原告に対し買戻金七八九、四九一円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年一〇月二五日より完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、右被告等に対しその支払を求める原告の請求は正当である。

三、よつて原告の本訴請求をすべて認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。 (石川恭)

約束手形目録<略>

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